日本のダンディズム 白洲次郎について

参考 武相荘 公式HP

日本のダンディズムの一人である実業家の白洲次郎について紹介します。

白洲次郎

白洲次郎は、ノブレス・オブリージュを体現した、大戦頃の実業家・政治家です。

白洲次郎は、兵庫県芦屋の裕福な家庭に生まれました。少年時代は悪ガキとして地元で知られ、その後、英国のケンブリッジ大学に留学しています。帰国後は、新聞社、政治家(通商産業省創設(現 経済産業省))、東北電力会長として活躍されました。

官僚時代には、吉田茂の側近としてマッカーサーとの対談にも同席し、持ち前のブリティッシュイングリッシュで先方のアメリカの失礼をまくし立てたという逸話もあります。

また、英国仕込のファッションセンスで、数々の愛用品を残し、イッセイミヤケのモデルを務めました。大の車好きとしても知られています。

引退後は、カントリー・ジェントルマン(何かあれば田舎から駆けつけてくる大物スタイル)に憧れ、東京の町田の武相荘に隠居し老年を過ごしました。

名言

白洲次郎の一貫した指針は、「プリンシプル(原理原則)」に従うです。

ここでは、白洲次郎が残した数々の名言の中のいくつかを抜粋して紹介します。

プリンシプル

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。「原則」とでもいうのか。日本も、ますます国際社会の一員となり、我々もますます外国人との接触が多くなる。西洋人とつき合うには、すべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。」

「プリンシプルがあれば、人生に迷うことは無い。」

「今の日本の若い人に、一番足りないのは勇気だ。「そういう事を言ったら損する」って事ばかり考えている」

「長く大事に持っているものは人に貰ったものより自分自身の苦心の結晶に限る」

ドレスコード

「アンダードレスとオーバードレスに気を付けろ」

仕事

「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ半分の人には嫌われるように積極的に努力しないと良い仕事はできない。」

家庭

「夫婦円満秘訣は、一緒にいないこと」

ファッション

ジーンズ

初めて日本人でジーンズを履いた人物と言われています。写真は、リーバイス501XXらしいです。

イッセイミヤケ

イッセイミヤケのモデルを務める。
1978年『三宅一生の発想と展開 ISSEY MIYAKE East Meets West』 平凡社 左:白洲正子/右:白洲次郎、北村みどり 撮影:操上和美

ヘンリー・プール

参考:HENRY POOLE & CO.公式サイト
参考 日本経済新聞
参考 SUIT COLLEGE
参考 朝日新聞デジタル

ルイ・ヴィトン

参考:「旅するルイ・ヴィトン」展で見た白洲次郎のトランク 鰯の飽くなき収集癖

エルメスのアタッシュケース、ダンヒルのライター、ロレックスオイスター

参考: 「白洲次郎の腕時計は」訪問者100万人達成の「遊馬の機械式時計ブログ Rolex Street 6098」

愛車

916年型 ペイジ Six-38 
ベントレー
vague 「白洲次郎が運転したランドローバー「シリーズ1」がアルミ無垢仕様で超絶クールになっていた!」
ポルシェ911

参考:武相荘

書籍

武相荘

白洲次郎がカントリー・ジェントルマン(隠居)として選んだ住まいの「武相荘」は、東京都の町田市にあります。

現在は、カフェ・レストランと記念館として公開されています。

立派な森林に囲まれた建物で、白洲次郎の思い出の品々を見学することができます。

その粋な佇まいを楽しめます。

まとめ

白洲次郎は、実業家として大成されただけでなく、彼の人間的魅力から多くの人に愛され、現在でも語られ続けられる方です。

数々の書籍が出版され、NHKなどでドラマ化されドキュメンタリーが制作されています。

これは哲学である「プリンシプルな生き方」や粋な振る舞いが、当時から多くの関係者の目に魅力的に映ったからだと思います。

是非、興味のある方は、書籍の一読や武相荘を訪れてみてください。